農民のくらしを支えた筆づくり

様々な種類の筆が並べられている写真

 今から約170年前の江戸時代末期、熊野の筆づくりが始まりました。当時、農地の少なかった熊野では、農民たちは農閑期になると紀州・熊野地方や大和・吉野地方に出稼ぎに出て、帰りに筆や墨を仕入れて行商をしていました。このことがきっかけで、筆づくりを学んで帰った人々が村人に筆づくりを広めていきました。当時これといった産業のなかった熊野で筆づくりは新しい産業として取り入れられ、村人たちの努力と情熱によって、その優れた技術は170年を経た今もなお、連綿と受け継がれています。

日本一の毛筆 生産地、熊野

和紙に筆で一筆書いている写真

 現在、日本国内の筆の生産は、奈良市、愛知県豊橋市、東京、そして広島県の熊野町と川尻町などでつくられています。いずれも穂となる獣毛や、軸となる竹の生産地ではなく、筆づくりの技術だけがその土地に代々受け継がれてきたのです。なかでも熊野町の筆の生産は全国の大部分を占めており、また、昭和50年には毛筆産業としては初めて「伝統的工芸品」の指定を受け、まさに「筆の都」と呼ぶにふさわしい筆づくりの町へと発展してきました。
 現在、女性3人を含む18名が伝統工芸士として活躍し、全国の書道家の特注品を手掛けるなど数々の名品を世に送り出しています。

Kumano brushes were developed by a farmer who left his home 
at the end of the Edo Period to find work. He learned brush-
making, returned to his town, and spread his brush-making 
skills throughout the area. Today, the town produces more 
calligraphy brushes than any other location in Japan. Brush-
making has been designated a traditional craft in the town,
 and Kumano-cho has long prospered as the "capital of fude 
rushes."

筆塚

森の中で佇む筆塚と刻印された石碑の写真

 筆の精と筆づくりの先駆者の功に感謝をこめて榊山神社境内に建立されたのが筆塚です。「筆塚」という揮毫は元内閣総理大臣・池田勇人氏の書です。

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